第4話:LGBTを隠すこと

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今回は「LGBTを隠すこと」について僕なりの考えや感覚を書いてみたいと思います。

まず、僕自身がLGBTを隠して生きていること、バレそうになってもひたすら隠そうとすることに、妻はちょっと驚いていました。そんな反応の妻に、僕はもっと驚きました。
心の中で、「何言ってんの?当然じゃん。バレたらいろいろ終わるわ…。」と驚愕していました。

が、改めて考えてみると「いろいろ終わる」の「いろいろ」が具体的に思いつくわけでもなく、「終わる」明確な根拠が特にあるわけでもありません。どちらかというと、隠すということが、体に、心に、脳に、無条件に染み付いている感じです。
つまり、隠すことに積極的な理由があるわけではなく、触らぬ神に祟りなしというか、口は災いの元というか、、、言った後のリスクが多少でもあるのであれば、言わないに越したことはないという考えと言った方がいいかもしれません。

こんな僕からすると、LGBTに対する理解が広まった今の時代でも、まだまだこの「隠すこと」は依然として“無難に”生きていくうえでの必須技能とさえ思ってしまいます。
ではなぜバレるとマズいのか、なにをリスクと感じているのかについて、僕なりに考えてみました。
隠すことが条件反射となってしまっている僕にはちょっと難しかったですが、なぜ隠すことが当然になったのか…?

➀物心がつく時分は「そもそも言いだしにくい」説

まずそもそも論なんですが、子供の頃は「周りと違うこと」を恐れる傾向にあるような気がしませんか?
中学生や高校生など、ある程度大きくなると、逆に周りと違う格好や違うことをしたくなりますが、幼少期って自分だけ浮くのが怖いとか、みんなと一緒がいいとか…。
それと同じで、自分の性的対象が大多数とどうやら違うということを、物心がついた頃にはそもそも言いだしにくいのか…?

➁悪気はなくても世間の節々の言動が言いだしにくくさせる(これが大きい)

例えば、LGBTかどうかを聞くときに「もしかしてコッチ系(口元に手をかざす動作付き)なの?」と聞かれ、それに対して周りが「僕君は大丈夫(違うという意味)だと思うわ~」という反応を返すシーン。

僕としては“こっち”ってどっちだよ、LGBTは住む世界が違うとでも?そして“大丈夫”って何?LGBTでも大丈夫だわ!と心の中で思うわけです。
この両者の発言に嫌味はなかったとしても、どちらからも「自分の周りにLGBTなんて皆無」という大前提のニュアンスが含まれているように感じてしまうのです。(僕がひねくれてるのかも)
そう感じちゃうと気軽に「うん、そう(LGBT)だよ!」とは言うに言えないんです。

他にも、日々の会話の中で、「男同士なんて気色悪い」と、(もはや素直に)反応を言葉で示す方は一定数いるんです。そこに悪気はないと感じても、そういう感覚だって人によっては当然あると思いながらも、やはり言われて気持ちのいいものではないからか、LGBTを伝えることに不安を感じてしまうわけです。

小さなことでいえば、ゲイ動画が「アブノーマル」というジャンルに入っていたとか、LGBTで売り出していない“一般的な”芸能人が頑なにLGBTであることを否定するとか、そんなことが小さい頃から身の回りのそこかしこで、僕にLGBTの奇異性を訴えかけてくるわけです。

③相手のLGBTに関する理解度が分からない(知ろうとしない)問題

最近僕は結婚したので、そのことを周りに伝える機会が多くありました。その中の1人、男性の先輩から「おめでとう!パートナーは女性?男性?」と聞かれました。
「最近は同性カップルだって全然ありえるから、恋人とか結婚の話をするときは、一律みんなに聞くようにしてる」とのことでした。本当に心から偏見なく、話の前提を合わせようと聞いてくれていたわけです。その先輩はLGBTについて一定の知識を持っていることは容易に想像がつきます。からかうことも絶対ないはずです。大前提としてこの先輩はグローバルな思考の持ち主で自頭も良く、優しいです。

それでも僕は、この先輩にLGBTであることを伝えるまでには踏み切れませんでした。
なぜか?ここでもやはり「キジも鳴かずば撃たれまい」の原則が発動します。
その先輩は果たして複数人でいるときに良かれと思って「僕君はLGBTなんだよね!」とか発言しないだろうか、伝えることで僕に対する接し方が良くも悪くも変わらないだろうか、知識としては知っていても当の印象はどうなんだろう?といった疑問が脳内で渦巻きます。
そして、もし少しでも関係性に変化が起きたり、いらぬ心配が生じたりするなら、言わない方が良いという結論に達します。

これは歩み寄りの問題で、向こうが歩み寄って来てくれたなら、僕側がもう少し確認会話をしたり、希望を伝えたりしないといけないと思います。
でもこういったLGBTへの寛容さにまだまだ慣れてなくて、その場でパッと良い切り返しが出てきません。「絶対言わないですか?」なーんて聞いたら、「そうです、LGBTです」って伝える前から言ってるようなもんですよね…。LGBT側でも相手を確認する姿勢に慣れていく必要があると思います。

こうやって幼少期から生きてきた僕は、LGBTであることはとりあえず隠しておけば問題ないという思考回路に陥り、その条件反射から抜け出せなくなっているんだなあ…と振り返り思うのでした。

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